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山本晶:Playing with Maps 展 作品紹介
山本晶《ルート》805x805mm, キャンバスに油彩, 2021

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山本晶:Playing with Maps 展 作品紹介

ギャラリー

アートフロントギャラリーで開催中の「山本晶:Playing with Maps」展は、山本が地図の持つ普遍性と場所の関係性をテーマとして取り上げ、山本の地理的関心と地道な調査が視覚芸術に再構築された展示になっております。元々登山やロードトリップを愛好する山本にとって、地図は身近な存在でした。山本は行く先々で地図を開き現在地を確認する際、地図と現実のスケール感のズレや情景の違和感を覚えていたとのこと。この感覚と、昨年参加した「木曾ペインティングス」での経験が、今回のアートフロントギャラリーでの展示テーマへとつながっていきます。本稿では展示作品を作家の言葉とともに辿り、本展に確認できる様々な実験的な試みを紐解いていきます。

2020年に山本は長野県木曽村で開催された「木曾ペインティングス」へ参加し、山の等高線の輪郭の一部をカットアウトしたペイントパネルを古い米蔵に取り付ける作品を発表しました。本制作の初期段階において、山本は木曽地域の山間一帯のフィールドワークを行い、この地域にそびえる鉢盛山とその水脈の特殊性に注目します。その後のコロナ禍による開催延期、東京のスタジオに留まり制作を進める中で、山本は水脈や山の境が行政区の境界やライフラインの導線を決定し、それらが地形の変化とともに変容していく様を、地形図をもとに浮き彫りにしていきます。元々コロナ禍で現場に行けなかった間のリサーチを補完する形で活用されていた地図は、やがてその非対象性や匿名性、自然地形を線で表す二次元的特性がテーマとして取り上げられ、今回の個展に結実していきます。

《ヤッホー》2020, 木曾ペインティングスより

山本曰く、今回の展示の「種明かし」、スタジオでの制作風景を再現したインスタレーション

地図はパースペクティブがなく単焦点です。遠近法ではないその視点は私の感覚にぴったりしている。ものの再現ではなく絵を描くっていうのはどういうことなんだろうという点と繋がっていて面白い。地図は端っこがないし、永遠と拡張していくっていうところが面白いと思って、コロナで家から出られない時、この地図から実際に自分で等高線のモデルを作ってみた。それから尾根をだいたいトレースしてそれに沿って折ってみると分水嶺がわかってくる。自然と山折谷折りが発生するというのがすごく面白い。(山本)

壁のインスタレーションの部分。
壁面には地形図プリントのモンタージュのほか、等高線の輪郭のカットアウトや糸、地形図山頂の3Dモデルなど、山本の今後の表現を模索する実験的な要素が鏤められている。

今回の展示における表現手法について、これまで油絵のタブローをメインに発表してきた山本が、新たなメディウムや技法を積極的に用いたという点で、従来の展示とは明らかに異なる展開を見せています。まず入り口を入って目に入るのは、淡いピンクとイエローにホワイトが伊勢湾の輪郭で切り分けられたオールオーバーな壁面と、その上に重ねられた二枚の油彩タブローです。

Installation view

向かって左の《Light and Sea and》は電力会社の作った送電線網地図がベース、右の《飛び地》は信濃川流域、片方は天竜川流域に隣接する飛び地をモチーフに描かれています。それぞれの作品には元となる詳細なエピソードが内包されている一方で、山本独自の色遣いのレイヤーによってその地理的情報は解体され、色彩のハーモニーへと再構築されています。二点のタブローは、背景の伊勢湾の輪郭との連続性を持たせる位置に注意深く配置されています。

左《Light and Sea and》1620x1620mm, キャンバスに油彩, 2021
右《飛び地》1620x1303mm, キャンバスに油彩, 2021

油彩の壁面の左側に起立してある9連のシルクスクリーン《Water mark》シリーズは、鉢盛山付近の地形情報を複数の色彩でレイヤー構成されたものです。水位線と名付けられた本作品は、その昔海だった山脈の等高線は同時に水位も示すことから、水がサブテーマでもあります。

《Water mark》700x500㎜, シルクスクリーン、木枠, 2021

長野県木祖村の鉢盛山の国土地理院地図がベースにあります。4つの行政区分・川・道・1700m等高線7つのレイヤーからできています。行政区分の境界は分水嶺、降った雨が流れる向きによって決められています。しかし、山の尾根には線はなく、山道は案外平たく境だとは思えない。地図と実際の場所との曖昧さ。この表現に相応しいのはシルクスクリーンだと思い、中でも透明色を用いて刷りました。ズレが境界の揺らぎを表します。(山本)

山本は木曽でのフィールドワークを行う中で、その境界が過去地形の変化とともに移ろいできたことや、境界を挟んで住むそれぞれの地域の住民の感情など、境界で区切ることのできない要素が存在することを実感したといいます。「あえてズレが生じるように」刷られた色彩の重なりには、こうした地図上の線にまたがる曖昧さも表しているのかもしれません。

《Water mark》部分

Installation view

木曽の地図をモチーフに展開される本展の作品群のなかでも、表現とコンセプトにおいて最も先鋭的な作品は、おそらくこのライトボックス作品、《Treasure》かもしれません。地図のそれぞれの色彩や線を複数の透明アクリル板に分けてプリントし、レイヤー状に光を当てた本作品は、山本の言う地図上の情報と実感とのズレが、引き出しにしまわれた思い出と実態との記憶のズレの考察へと発展していきます。

手前《Treasure (01)》630x480x100mm, アクリル板にシルクスクリーン、LED、フレーム, 2021
奥《Treasure (02)》630x480x100mm, アクリル板にシルクスクリーン、LED、フレーム, 2021

シルクスクリーン作品は7つの版でつくられています。紙のシルクスクリーン作品は実際の地図と同じノースアップで東西南北もあっています。しかし、こちらのスクリーンはレイヤーが7つありません。また反転していたり、ダブルになっていたり、地図との整合性はありません。ボックスは引き出しの形をしています。引き出しには秘密の宝をしまうのが慣わしです。しまわれた大事な思い出は必ずしも整合性がなくてもいい。本人が本当に大事にしている状態が大切です。また、マップケースもイメージしています。(山本)

引き出しに投影された、現実を元に作成された不正確な地図は、記憶や感情によって移ろいがちな私たちのメンタルマップとも言えるかもしれません。コロナ禍の外出自粛の最中に東京のスタジオで地道にリサーチし、制作をつづけた山本の制作意欲は、《Treasure》のごとく絶えず強く周囲を照らし続けています。今回そこに描かれた山本の地図、実験的な制作の数々が今後数年にかけてどのように展開していくのか、期待せずにはいられません。

《Treasure (03)》630x480x100mm, アクリル板にシルクスクリーン、LED、フレーム, 2021

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