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瀬戸内国際芸術祭2016リポート - スーメイ・ツェ
作家:スーメイ・ツェ
作品:No.144 「Moony Tunes」
場所:本島

  • 瀬戸内国際芸術祭2016リポート - スーメイ・ツェ

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瀬戸内国際芸術祭2016リポート - スーメイ・ツェ

瀬戸内国際芸術祭

2016.10.8(土) - 11.6(日)

現在、代官山アートフロントギャラリーで個展を開催しているスーメイ・ツェ。
瀬戸内国際芸術祭では本島にてインスタレーションを発表しています。
この機会にギャラリースタッフより作品紹介を行います。

日程 2016.10.8(土) - 11.6(日)

私たちがスーメイに出会ったのは少し前のことで彼女が2006年の越後妻有アートトリエンナーレに参加したときのことだ。他の作家の企画によるレジデンス・プログラムの参加作家の一人として上新田という集落に滞在し、芽が伸びたジャガイモをモチーフに作品を発表している。改めて2012年の越後妻有で一作家としての参加が決まっていたが、ちょうど娘の出産が重なり参加が見送られている。そして2016年、瀬戸内国際芸術祭でようやくスーメイ・ツェの名で正式な作品の発表となった。満を持しての参加となった今回、スーメイの空間と環境へのアプローチは私たちの想像以上に印象深い作品空間を生み出していた。

丸亀市本島は瀬戸大橋の橋脚台のある与島の西に位置する島である。本島はかつて塩飽諸島の政治・文化の中心であった。作品が展示されている屋敷は本島町、笠島集落にありこの地域一帯の69棟が伝統的建造物に指定され保存されている。笠島は塩飽水軍の根城があった場所で道路はカーブしていたりT字路や喰い違いの十字に交わっていたり、いたるところに防衛上の配慮が見られる。織田、豊臣、徳川とその時代、時代の権力者に認められ栄えてきた一族の屋敷が集まっていた。

スーメイが作品を制作した家もまた江戸時代から存在し、前の家主がこの家を離れて早50年、打ち捨てられた時代の流れから取り残されたまま、そのうちに秘めた何かを伝えることなく時を過ごしていた。スーメイがこの家を訪れたとき初めに感じ取ったのはこの家の孤独だったという。この孤独感漂う家にも、かつては栄華を誇った一族の人の営みがあったはずである。作家はそんなことを想像しながらプランを立てたことでしょう。大黒柱を中心に床の間や梁などは残しながら、いらないものは取り外し大胆な空間を生み出した。そして新たに大きな円盤型のオニキス(瑪瑙石)といくつかの火成岩を加えサイトスペシフィックなインスタレーションとした。

スーメイは後にこう語っていた。「今回の作品の場所の決定は、私自身が選んだのではなく、場所が私を選んでくれた。私はこの場所と私なりの対話を試みただけです。」実際この場所を訪れてみると確かにそうだと感じることができる。それは、このインスタレーションがまさしくサイトスペシフィックであり、この家の歴史と時間を汲み取り、作家が見事に表現へと押し上げていることを肌で感じることができるからだ。襖などが取り払われて作られた大きな空間に配置された自然の石とその造形、そして静寂のなかに響く音。視覚的な美しさのみならず聴覚もあわせて空間全体を体感するときの心地よい緊張感と環境すべてが響きあい、見事に調和している。

この笠島地区はその昔、すぐ近くの高無坊山(たかんぼうやま)にある石切場が有名であり、大阪城築城の際に用いられた石の産地であることがその古い書状からも確認できる貴重な史跡でもある。作家はこの土地のこれらのバックグラウンドを事前の視察で学んでおり、この家の場所の重要性と建造物の雰囲気をうまく引き出すために石というを素材を使うことに決めたようだ。また、オニキス(瑪瑙石)は、洋の東西を問わず、邪気や悪鬼をはらう魔よけの石として古来より大切にされてきました。オニキスは悪い気を吸い取り、石の中に閉じ込め持ち主を保護してくれるといわれており、このインスタレーションに漂う静かで張り詰めた雰囲気に一役買っているようにも感じる。

タイトルのMoony Tunesは月を意味するMoonと音を表わすTunesという言葉の組み合わせであり月の調べと訳することができる。(一方ではアメリカのワーナーブラザーズが製作したアニメシリーズ、ルーニーテューンズに掛けてつけられた遊び心あふれる名前でもある。)月はその引力が、潮の満ち引きを生み出し、我々の体にも少なからず影響を与えている存在と昔から信じられている。潮の満ち引きはこの地域に住む人々にとってまさに営みの一部でもあり、地元の人々の生活や、漁の話から、この地にてその重要さを改めて感じることができる。これはこの作品がここに作られたことを意味深いものにしている。作品に使われている火成岩はこの圏域の島々を構成する主な土壌であり、その火成岩が紐でつるされ浮いている様子は、瀬戸内に点々とする島のようであり、月の引力により潮が満ち引きその動きに営みが影響されている土地を表わしているようでもある。

この作品タイトルとテーマは同時開催している東京のギャラリーでの個展にもつながる。非常にフォトジェニックな作品だが、作品の持つ物質性と、場所性に強く結びついた空間は実際に訪れてみないと体感できないものだろう。ぜひ両方の会場に足を向けていただきたい。
(レポート 庄司秀行)

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