展覧会Exhibition
石黒 昭:個展「銀色の月明かりの下で」
2025年1月31日(金) – 2月16日(日)
この度アートフロントギャラリーでは、石黒昭の個展を開催致します。
日程 | 2025年1月31日(金) – 2月16日(日) |
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営業時間 | 水~金 12:00 - 19:00 / 土日 11:00 - 17:00 |
休廊日 | 月曜日、火曜日 |
レセプション、ギャラリートーク | 2025年1月31日(金)18:00‐19:00 |
<アーティストステイトメント>
銀色の月明かりの下で
2023 年 5 月に初めて秋吉台を訪れた際に地表に現れている幾つもの石灰岩柱が地下では大きなひとつの石灰岩の塊であることに私は興味を持ちました。
秋吉台は山口県美祢市秋芳町秋吉に位置する石灰岩で出来ている台地で、日本最大のカルスト地形として知られています。総面積は約 100km² に及び、場所によりその厚さは少なくとも1000m以上に達することが分かっています。
時間を遡れば南方の温かい海でサンゴ礁として誕生した秋吉台は、約 3 億 5000万年前の古生代石炭紀からペルム紀にかけて炭酸カルシウムの硬い殻を持つ生き物の遺骸が海底に堆積して石灰岩へと変化し、海から山へ数百メートルの厚さになるまで堆積していきます。 そこへ雨水や土壌水に大気中の二酸化炭素が溶け込み弱酸性となった水が流れ込むことで石灰岩が溶食されて現在の地形になりました。さらに水分は石灰岩の岩盤を通り抜け、地下水に含まれた炭酸カルシウムが再び固まって鍾乳石が形成されます。石灰岩が水に溶けたり固まったりしてその姿を自在に変えて壮麗な地下空間を作るのです。
秋吉台の遮るものが何もない空と稜線の彼方まで続くゴツゴツした石灰岩柱の景色を歩いていると虫觀の視点で地球の表層に立っているような錯覚を覚えます。私の視界に収まりきらない自然を統計的な全体として捉えたとき、その一部を写し撮ることで自分が地球上に存在していることを実感するのです。
私は月明かりの下で長時間露光により秋吉台の同じ場所を撮影した 6 枚の写真を重ね合わせ、それぞれの露光時間を足した長さの映像作品を制作しました。また、フラッシュを焚くことにより意識的に画面にコントラストを与えて映像の手前の石灰岩へと視線を誘導します。それと同じ形の立体物を制作し、秋吉台で採れる数ある石灰岩の中でも希少な淡雪の大理石柄を表面に描きました。この擬似石灰岩を映像と重ね合わせるようにして床や壁をスクリーンとして映像を投影します。
暗室の中で照らし出された磨かれた擬似石灰岩は光を反射し鑑賞者を惹きつけますが近づくと彼ら自身の影により隠れてしまうでしょう。それは同様に現地の月明かりの下で私がその石灰岩を私自身の影で隠していることに気付いたという些細な出来事と重なります。そのわずかな時間に会場のプロジェクターの光は月の光に変わり、鑑賞者は私の気付きを追体験することになるでしょう。
こうした現実と知覚のギャップを埋めながら、私たちの地球を形作っている目に見える力と目に見えない力を想像していただければと思います。
石黒 昭
アノマリーがもたらす地質学的スケールへの想像力―
石黒昭展示「銀色の月明かりの下で」評
「木を見て森を見る」。本展示を評して石黒昭はそう述べる。総面積約100 km2におよぶ秋吉台のランドスケープのうち、展示が切り取る範囲はごく一部にすぎない。しかし、大理石のテクスチャを与えられた疑似石灰岩の造形、その上に投影される月光下の映像の移り変わりは、見る者の視座を重層化させ、現存するものの背景にある広大な時空間スケールを想起させる。約3億5千万年前、唯一の外洋であったパンサラッサ海の海底火山上に形成されたサンゴ礁は、海洋プレートの移動とともに成長を続け、炭酸カルシウムの純度の高い石灰岩を形成した。それはやがて現在の日本列島を構成する大陸プレートと衝突し、一部が剥ぎ取られて長い年月をかけて地表に露出した。現在の秋吉石灰岩を見るとき、そうした気の遠くなるような歴史が、見えない背景に横たわっている。
石黒はかねてより、大理石表層の表現から地質学的スケールへのチャンネルを開くことに腐心してきた。石灰岩の変成により生じた、地層に走る岩脈を連想させる繊細な大理石の紋様、石灰岩が水で溶食されてできた凹凸のカルスト地形、月光あるいはプロジェクションにより作られた陰影、そうした常態からのずれ(アノマリー)のパターンに触れたとき、人間は好奇心を刺激され、見えない深淵への憧憬や畏怖を感じるのかもしれない。空から衛星や航空機を使って調査をしてみると、世界各地に興味深い天然の凹凸地形は多数存在し、その成因はときにガスの漏出であったり、凍土の融解であったり、シロアリの活動であったりするのだが、そのいずれもどことなく可愛げと不気味さとが同居しており、「なぜ?」という問いを自然と連れてくる。
そうしたサイエンティフィックな驚きに立脚した思索は、石黒の創作姿勢とも通底するところがある。内装仕上げ業職人のキャリアを持つことに由来するのだろうか、石黒の仕事ぶりはあくまで素材・創作物のネイチャーに忠実であり、価値中立的だ。自然をモチーフにした創作物、とくに地球科学に関連するアートとなると、昨今は表現の文脈がエコロジーや倫理的正しさに回収されがちなきらいがあるが、石黒の作品はそうした趨勢に一石を投じるものでもある。ネイチャーに忠実な表現は善/悪の倫理にはおさまらず、存在そのものの驚きへとその焦点をずらす。石黒の表現は一人称の語りを目的としてはおらず、この世界の来し方行く末をただ「見続ける」舞台装置としての役割を提供する。
しかし一方で石黒はこうも言う。「それでも主体を消去しきることはできない」。舞台装置に徹するといっても、創作物は当然ながら、制作者の意図と不可分なアーティファクトでもある。石黒は「些細な出来事」と述べているが、秋吉台の広がりとその地質学的背景に思いを馳せていた鑑賞者、あるいは石黒自身が、石灰岩にキャストされた影によって、ふいに自らの存在を意識させられる体験は、存外深い意味を持つように思われる。それはちょうど宇宙や地球の来歴を追求するサイエンスが、人類という観測者やその言語表現から自由にはなりえないジレンマと同型の、客体と主体のままならない二重性である。影と光、見えるものと見えないもの、主体と客体は、さながらルビンの壺のように反転しながら、鑑賞者に地質学的転回とでも呼ぶべき眩暈をもたらす。
石黒昭(Akira Ishiguro)
1974年神奈川県横浜市生まれ
表層の違和感に対するアプローチを軸に絵画、写真、立体、インスタレーション作品を制作、国内外で発表している。
■主な個展
2024「秋吉台のカルスト台地を映し撮る Cupturing the Karst Plateau of Akiyoshidai」京都 蔦屋書店
2023 「ELEVATED MARBLESQUE」 SAC Gallery, タイ バンコク
2022 「QUARRY」 スパイラルガーデン, 東京
2019 「マーブレスクによる人新世の考察:Ⅲ」 StudionAme, 英国 レスター
2019 「マーブレスクによる人新世の考察:Ⅱ」 ラディウム- レントゲンヴェルケ, 東京
2017 「大理石絵画」 LOKO Gallery, 東京
2016 「虚実の捻じれのはざま」 旧田中家住宅, 埼玉
2012 「One wall art project」 株式会社オーラルケア, 東京
2010 「ISHIGURO - YA」 nca | nichido contemporary art, 東京
2008 「GIFT」 Gallery LE DÉCO, 東京
■主なグループ展
2024 「Hysterik Nature “TEN”」 玄趣庵, 東京
2024 「新たな美術の世界をひらく 足利リアルアート体験」 足利市立美術館, 栃木
2024 「Hysterik Nature “KETSU”」 日本橋三越, 東京
2024 「THE ART HOUSE展」 マイナビアートスクエア, 東京
2023 「Hysterik Nature “KI”」 金澤水銀窟, 金沢
2022 「LAND FORM」 SAC Gallery、バンコク(タイ)
2020 「アーティストの本棚」 みんなのギャラリー, 東京
2019 「夏への扉」 ラディウムーレントゲンヴェルケ, 東京
2018 「Radi-um:Lounge Re-mix」 スパイラルルーム, 東京
2018 「敷衍~巧術其之玖」 TEZUKAYAMA GALLERY Viewing Room, 大阪
2018 「Depression Contour」 SAC Gallery, チェンマイ バンコク
2016 「neko neko Reiko」 KUNST ARZT / みうらじろうギャラリー, 京都/ 東京
2014 「Identity X」 nca | nichido contemporary art, 東京
2013 「Femme Fatale」 Shun Art Gallery, 上海
2013 「アートラインかしわ2013」 三井ガーデンホテル柏, 千葉
2013 「韜晦~巧術其之肆」 スパイラルガーデン, 東京
2009 「For Rent! For Talent! 5」 三菱地所ARTIUM, 福岡
2009 「GEISAI#12」 東京ビッグサイト, 東京
2008 「Debli Project Art Tour」 Starbucks Coffee Japan, 東京
2007 「Debli Project」 Gallery LE DÉCO, 東京
銀色の月明かりの下で
2023 年 5 月に初めて秋吉台を訪れた際に地表に現れている幾つもの石灰岩柱が地下では大きなひとつの石灰岩の塊であることに私は興味を持ちました。
秋吉台は山口県美祢市秋芳町秋吉に位置する石灰岩で出来ている台地で、日本最大のカルスト地形として知られています。総面積は約 100km² に及び、場所によりその厚さは少なくとも1000m以上に達することが分かっています。
時間を遡れば南方の温かい海でサンゴ礁として誕生した秋吉台は、約 3 億 5000万年前の古生代石炭紀からペルム紀にかけて炭酸カルシウムの硬い殻を持つ生き物の遺骸が海底に堆積して石灰岩へと変化し、海から山へ数百メートルの厚さになるまで堆積していきます。 そこへ雨水や土壌水に大気中の二酸化炭素が溶け込み弱酸性となった水が流れ込むことで石灰岩が溶食されて現在の地形になりました。さらに水分は石灰岩の岩盤を通り抜け、地下水に含まれた炭酸カルシウムが再び固まって鍾乳石が形成されます。石灰岩が水に溶けたり固まったりしてその姿を自在に変えて壮麗な地下空間を作るのです。
秋吉台の遮るものが何もない空と稜線の彼方まで続くゴツゴツした石灰岩柱の景色を歩いていると虫觀の視点で地球の表層に立っているような錯覚を覚えます。私の視界に収まりきらない自然を統計的な全体として捉えたとき、その一部を写し撮ることで自分が地球上に存在していることを実感するのです。
私は月明かりの下で長時間露光により秋吉台の同じ場所を撮影した 6 枚の写真を重ね合わせ、それぞれの露光時間を足した長さの映像作品を制作しました。また、フラッシュを焚くことにより意識的に画面にコントラストを与えて映像の手前の石灰岩へと視線を誘導します。それと同じ形の立体物を制作し、秋吉台で採れる数ある石灰岩の中でも希少な淡雪の大理石柄を表面に描きました。この擬似石灰岩を映像と重ね合わせるようにして床や壁をスクリーンとして映像を投影します。
暗室の中で照らし出された磨かれた擬似石灰岩は光を反射し鑑賞者を惹きつけますが近づくと彼ら自身の影により隠れてしまうでしょう。それは同様に現地の月明かりの下で私がその石灰岩を私自身の影で隠していることに気付いたという些細な出来事と重なります。そのわずかな時間に会場のプロジェクターの光は月の光に変わり、鑑賞者は私の気付きを追体験することになるでしょう。
こうした現実と知覚のギャップを埋めながら、私たちの地球を形作っている目に見える力と目に見えない力を想像していただければと思います。
石黒 昭

《Karst SM01》2024
Acrylic and urethane on FRP
W67 x H32 x D45 cm
部分
アノマリーがもたらす地質学的スケールへの想像力―
石黒昭展示「銀色の月明かりの下で」評
水落裕樹
地球環境学者、リモートセンシング研究者
産業技術総合研究所主任研究員、東京大学大学客員准教授、名古屋大学客員准教授
「木を見て森を見る」。本展示を評して石黒昭はそう述べる。総面積約100 km2におよぶ秋吉台のランドスケープのうち、展示が切り取る範囲はごく一部にすぎない。しかし、大理石のテクスチャを与えられた疑似石灰岩の造形、その上に投影される月光下の映像の移り変わりは、見る者の視座を重層化させ、現存するものの背景にある広大な時空間スケールを想起させる。約3億5千万年前、唯一の外洋であったパンサラッサ海の海底火山上に形成されたサンゴ礁は、海洋プレートの移動とともに成長を続け、炭酸カルシウムの純度の高い石灰岩を形成した。それはやがて現在の日本列島を構成する大陸プレートと衝突し、一部が剥ぎ取られて長い年月をかけて地表に露出した。現在の秋吉石灰岩を見るとき、そうした気の遠くなるような歴史が、見えない背景に横たわっている。
石黒はかねてより、大理石表層の表現から地質学的スケールへのチャンネルを開くことに腐心してきた。石灰岩の変成により生じた、地層に走る岩脈を連想させる繊細な大理石の紋様、石灰岩が水で溶食されてできた凹凸のカルスト地形、月光あるいはプロジェクションにより作られた陰影、そうした常態からのずれ(アノマリー)のパターンに触れたとき、人間は好奇心を刺激され、見えない深淵への憧憬や畏怖を感じるのかもしれない。空から衛星や航空機を使って調査をしてみると、世界各地に興味深い天然の凹凸地形は多数存在し、その成因はときにガスの漏出であったり、凍土の融解であったり、シロアリの活動であったりするのだが、そのいずれもどことなく可愛げと不気味さとが同居しており、「なぜ?」という問いを自然と連れてくる。
そうしたサイエンティフィックな驚きに立脚した思索は、石黒の創作姿勢とも通底するところがある。内装仕上げ業職人のキャリアを持つことに由来するのだろうか、石黒の仕事ぶりはあくまで素材・創作物のネイチャーに忠実であり、価値中立的だ。自然をモチーフにした創作物、とくに地球科学に関連するアートとなると、昨今は表現の文脈がエコロジーや倫理的正しさに回収されがちなきらいがあるが、石黒の作品はそうした趨勢に一石を投じるものでもある。ネイチャーに忠実な表現は善/悪の倫理にはおさまらず、存在そのものの驚きへとその焦点をずらす。石黒の表現は一人称の語りを目的としてはおらず、この世界の来し方行く末をただ「見続ける」舞台装置としての役割を提供する。
しかし一方で石黒はこうも言う。「それでも主体を消去しきることはできない」。舞台装置に徹するといっても、創作物は当然ながら、制作者の意図と不可分なアーティファクトでもある。石黒は「些細な出来事」と述べているが、秋吉台の広がりとその地質学的背景に思いを馳せていた鑑賞者、あるいは石黒自身が、石灰岩にキャストされた影によって、ふいに自らの存在を意識させられる体験は、存外深い意味を持つように思われる。それはちょうど宇宙や地球の来歴を追求するサイエンスが、人類という観測者やその言語表現から自由にはなりえないジレンマと同型の、客体と主体のままならない二重性である。影と光、見えるものと見えないもの、主体と客体は、さながらルビンの壺のように反転しながら、鑑賞者に地質学的転回とでも呼ぶべき眩暈をもたらす。
石黒昭(Akira Ishiguro)
1974年神奈川県横浜市生まれ
表層の違和感に対するアプローチを軸に絵画、写真、立体、インスタレーション作品を制作、国内外で発表している。
■主な個展
2024「秋吉台のカルスト台地を映し撮る Cupturing the Karst Plateau of Akiyoshidai」京都 蔦屋書店
2023 「ELEVATED MARBLESQUE」 SAC Gallery, タイ バンコク
2022 「QUARRY」 スパイラルガーデン, 東京
2019 「マーブレスクによる人新世の考察:Ⅲ」 StudionAme, 英国 レスター
2019 「マーブレスクによる人新世の考察:Ⅱ」 ラディウム- レントゲンヴェルケ, 東京
2017 「大理石絵画」 LOKO Gallery, 東京
2016 「虚実の捻じれのはざま」 旧田中家住宅, 埼玉
2012 「One wall art project」 株式会社オーラルケア, 東京
2010 「ISHIGURO - YA」 nca | nichido contemporary art, 東京
2008 「GIFT」 Gallery LE DÉCO, 東京
■主なグループ展
2024 「Hysterik Nature “TEN”」 玄趣庵, 東京
2024 「新たな美術の世界をひらく 足利リアルアート体験」 足利市立美術館, 栃木
2024 「Hysterik Nature “KETSU”」 日本橋三越, 東京
2024 「THE ART HOUSE展」 マイナビアートスクエア, 東京
2023 「Hysterik Nature “KI”」 金澤水銀窟, 金沢
2022 「LAND FORM」 SAC Gallery、バンコク(タイ)
2020 「アーティストの本棚」 みんなのギャラリー, 東京
2019 「夏への扉」 ラディウムーレントゲンヴェルケ, 東京
2018 「Radi-um:Lounge Re-mix」 スパイラルルーム, 東京
2018 「敷衍~巧術其之玖」 TEZUKAYAMA GALLERY Viewing Room, 大阪
2018 「Depression Contour」 SAC Gallery, チェンマイ バンコク
2016 「neko neko Reiko」 KUNST ARZT / みうらじろうギャラリー, 京都/ 東京
2014 「Identity X」 nca | nichido contemporary art, 東京
2013 「Femme Fatale」 Shun Art Gallery, 上海
2013 「アートラインかしわ2013」 三井ガーデンホテル柏, 千葉
2013 「韜晦~巧術其之肆」 スパイラルガーデン, 東京
2009 「For Rent! For Talent! 5」 三菱地所ARTIUM, 福岡
2009 「GEISAI#12」 東京ビッグサイト, 東京
2008 「Debli Project Art Tour」 Starbucks Coffee Japan, 東京
2007 「Debli Project」 Gallery LE DÉCO, 東京
《銀色の月明りの下で》2025/FRPにアクリル、ウレタン、ビデオ、写真、額装