村山:今回の展覧会が実現した経緯は、今年の1-2月に渋谷のパルコミュージアムでドローイングをテーマとした3人展「Drawing - Plurality」を鈴木ヒラクさん、やんツーさん、村山とで開催しまして、そのときにアートフロントギャラリーのスタッフにお声がけ頂いたところから始まりました。アートフロントさんとの関わりで言いますと、既に2019年に瀬戸芸に参加させてもらっており、男木島で作品を発表させてもらいました。そのあと2019年の展示は継続作品となり、2022年では新作を加え、展示室も二つ増やしてアップデートしました。セルオートマトン*のClass4の壁画や、今回ここで見せている板絵の大作、実物の様々な貝殻などを展示して、先日ちょうど春会期が終わったところです。
(*註 集合したセル同士の相互作用を再帰的/局所的な規則によって計算し、多様な時空間パターンをつくりだす離散的モデル)
アワビ(男木島周辺)、白い巻貝(高知の外海)、イモガイ(タイ、プーケット島周辺)
M: 今回、アートフロントさんでの展示は、ちょうど瀬戸芸も開催年ですし、男木島での仕事に連なる作品をまとめて見てもらいたいと思いまして展示を組みました。 僕のもともとの創作研究のテーマ、それは生命理論や科学哲学が背景にあります。たとえばここにあるイモガイの貝殻、この貝殻模様は自然が生み出したもので、小さな巻貝が生長しながら時と共にパターンを作り出していきます。生物がその形態の中に過去の成長の証拠を留めるという特性、これをベイトソンは「プロクロニズム prochronism」と呼びましたが、貝殻模様などはその代表的な例ですね。つまり、生きることは時間をつくりだすことでもある。とくに身体自体が時間を刻んで構造をつくるような貝殻や植物など、自己組織化する生体構造は数学的に研究されたり、コンピューター・シミュレーションの研究と結びついたり、非常に興味深いです。時間芸術をヴィジュアルアートで実現したいと考えてきた自分にとっては、他に得難いモチーフです。こうしたコンセプトを背景にして、時間とともに生成されるイメージ、生きた時空間パターンを作品として見せたいと考えています。
本展の板絵と螺鈿に共通しているのは、貝殻模様に近似したパターンを生成するセルオートマトンという仕組みを活用して作り出していること、また日本に古くからある技術と、情報理論との結成によって新しい自然観を体現することです。
ドローイング - カップリング[杢目とセルオートマトン] 2022
日本家屋床間古材にアクリリック、クロム系顔料
板絵の支持体になっているのは日本家屋の床の間に使われていた古材です。昔の建築には今よりもいい銘木の材料が贅沢に使われていて、杢目自身もとても美しい。木の成長した時間が刻まれており、なおかつ昔の大工の仕事が痕跡として残っている。もともとこの板絵は男木島に滞在していた時に着想したのですが、床の間が壊れて抜け落ちた飾り棚なんかを見て、そこから良い板がないか材料を探し始めました。杢目のパターンに、貝殻のように生成するパターンを掛け合わせ、杢目に沿って拡張して広がっていくという仕組みで描いています。
生物それぞれは固有に時間を生成して生き続けている。多種多様な生物がいて、それが環境の中で、ゆるやかに連動している。時間の同期と非同期が(カップリングとデカップリングの多様なパターンが)自然現象の中で混成している。これが僕の自然観の根幹にあるんですけれども、そういうものを一つの板絵の中で体現しています。杢目と貝殻模様とが連動して新しい画を作り出していく、そういう作品です。
Cellular automaton: Rule 110 (human calculation) (detail)
2022 パネルに和紙、胡粉、螺鈿、アクリリック、900 x 1200 x 50mm
Cellular automaton: Rule 110 (human calculation) (自然光で撮ったディテール)
正面の螺鈿の作品は、2022年の瀬戸芸に発表した壁画と同様のもので、男木島ではこのパターンで四方を囲むように壁に描きました。
螺鈿の材料はアワビです。アワビを使うきっかけは、男木島でアワビの貝殻をもらったからですね。白い部分は牡蠣の貝殻を砕いたもので、胡粉といわれる日本画で使われる顔料です。つまりアワビと牡蠣という貝の自然なトーンでセルオートマトンを構成してやろうということです。このパターンは、特殊な「Class4」(ウルフラム)という規則で構成されていて、シンプルで局所的な規則であるにも関わらず、自然にある貝殻模様のパターンと近似した振る舞いをすることで知られています。周期的なパターンに収束せず、ただカオス状でもない、その両義的な特性を備えていて、有機的な振る舞いをしながらパターンを構成していく。この螺鈿は、自然に対する情報理論的な眼差しと、自然のマテリアルが持つ質感やトーンが結び合わさって結晶化したような作品ですね。自然光の中で観ると、また違った豊かな表情を見せてくれます。
(左)《生成のドローイング[Rhizome]- 黄土・朱・緑》2022 パネルに和紙、アクリリック, 297 x 420 x 20mm (右)《生成のドローイング[Rhizome]- 黄土・黄・緑》2022 パネルに和紙、アクリリック, 297 x 420 x 20mm
ビューイングルームに展示させてもらっているドローイングは、男木島の古民家の1階で発表した壁画のスタイルを踏襲しています。植物のツリーやリゾームといった分規則を形式的に取り込んでいて、描画パターンを派生展開しています。植物のツタが廃墟に入り込んで生い茂っていく、そしてどんどん空間を埋め尽くしていく、そんなイメージもあります。これもある種の時間を体現した作品で、ここでは作家自身の三ヶ月の滞在によって描画パターンが学習的ドリフトを起こす様が現れています。
また男木島のドローイングのスタイルで、2019年にリニューアルされたホテルオークラの宴会場にコミッションワークを採用していただいたりもしています。《生成のドローイング[Tree] - 紫・黄・緑》
今後コミッションワーク、アートワークなどもぜひ手掛けてみたいと思っています。
《生成するドローイング- 日本家屋のために2.0》瀬戸内国際芸術祭2022 男木島 Photo:KIOKU Keizo 瀬戸内国際芸術祭2022 ©Goro Murayama
村山悟郎の作品、《生成するドローイング- 日本家屋のために2.0》が男木島で見られるのは瀬戸内国際芸術祭の夏・秋会期です(8月5日-9月4日、9月29日-11月6日)。築90年を超える古民家、浜口邸を舞台に3週間余り滞在し、前回の芸術祭に続いて、二部屋が増やされています。
「男木島固有の時間性がある。島の地勢と太陽と2時間おきに往来するフェリーによって緩やかにかつ厳格に流れる時間、それを着想の出発地点にして、築90年超の建物空間と、作者自身の滞在制作の時間経過、そして植物/樹木や貝殻はそれぞれの成長過程と共にみずからの身体にライフログとして固有の時間を構造化する生体であり、これらの固有の時間が連動しながら生成する場をつくる試みです。」と村山さん。
壁面にビッシリと描かれたモザイク状のパターンは、アートフロントでの展覧会と同じセルオートマトンの方法で描かれています。スケール感をぜひ、空間全体の中で体験してみてください。
生成するドローイング- 日本家屋のために2.0》瀬戸内国際芸術祭2022 男木島 Photo:KIOKU Keizo 瀬戸内国際芸術祭2022 ©Goro Murayama