走る筆の動き
身体の動きと流れ
ギャラリー(以降G): 今回は10数点の作品が展示されています。どれも展示ギリギリまで描いていただきました。彼はロンドンのチェルシーカレッジという大学を卒業され、その後はRCA, ロイヤルカレッジオヴアーツに進まれて修了されています。その後ドイツで2年ほど、海外での活動をされてきた作家です。今は沖縄在住。今回はオール新作の展示となります。
絵画について簡単に説明をすると、見ていただいてわかるように子供や人物が多く描かれています。これらはそもそも彼が絵本や図鑑に興味をもっていて、1950年代ごろのイギリスの絵本からキャラクターからイメージを得ているところからきています。ノスタルジックなイメージがある点も同様です。単純にキャラクターをもってきているというより、絵本の場面をもとに彼は自分だけのオリジナルストーリーをつくりあげ、異なるシーンに登場するキャラクターと情景をまとめあげていきます。
本展覧会の作品群は、一見描いている途中にも見えそうな線が描かれていますが、これは作家が絵画が出来上がる過程の線、生きたドローイングの線を見せたいという思いから表現された線です。
では作家にお話しを伺いたいと思います。
石田(以降I):はじめまして、石田です。僕は30歳ぐらいで絵を始めたのですが、描き始めたときはとにかく描きたいという衝動はあるんだけれども何をどう描くかがわからないという状況でした。今は何をどう描くかということを「何を」のドローイングと「どう」のペインティングの2段階に分けて制作をすすめています。
ドローイング
I: 今回展示室のモニターには絵画のもととなったドローイングが映し出されています。紙へのドローイングの過程ではペインティングにしようという欲やプレッシャーのないリラックスした状況で、本や図鑑の挿絵を眺めながらその瞬間瞬間思いつく物語を好きに描くようにしています。気楽に作業した方が思考や想像の自然な癖が出やすいと考えています。
一方ドローイングをペインティングにする過程では、画面にどう色を置きたいか、筆跡を残したいか、自分の体をどう動かしたいか、そういった自分の身体的、感覚的欲求を優先させて制作するようにしています。僕の場合は単にドローイングに写実的な肉づけをしてしまうと画面内世界のプロポーションやつじつまが合うように描くことに意識が向いてしまい作業が窮屈で苦しくなってしまい手が止まってしまうので、そういう自分の快・不快の感覚もガイドにしています。
今回のシリーズは特に画面内に走る筆の動きないし自分の身体の動きや流れを意識ながら制作をしたので、展覧会のタイトルを「FLOW」としました。
左《Scene #014》 / 右《Scene #001》、2021、各955x850mm、キャンバスに油彩
場面がジャンプ!
G:彼の絵がもともと物語性の強い絵なので、それをみてさらに見る側がいろいろ想像できるように展示を構成しました。《Scene #014》と《Scene #001》はもともと二つが繋がっている絵だったのですが、わざとバラバラにして、ぐるっと4つでどのようなストーリーなのかを考えてもらえるかというように配置されています。対角線上にある作品がそれぞれ同じセットになっていて、一旦それが違う状況下に置かれたときに何を感じてもらえるかを試しています。
I:今回、本の見開きの頁をイメージしたので左右のキャンバスサイズをそろえています。一つ一つのキャンバスが漫画のコマのように時間や場所を切り替える機能を担ったり、児童書の挿絵のように、挿絵と挿絵の間には何ページか文章があって場面がジャンプしているような感覚を体験してもらえればなと思います。
Room1 展示風景
《Scene #006》部分
《Scene #001》部分
《Scene #014》部分
《Scene #005》部分
G:2つ目の展示室の絵も同じように連続した構成で制作していますが、1枚で展示している作品と、複数で構成している作品があります。こちらもやはり物語性が強いので、どういう状況なんだろうと想像させるような展示になっています。
《Scene #007》2021、955x850mm、キャンバスに油彩
Room2 展示風景
左《Scene #002》 / 右《Scene #004》、2021、各955x850mm、キャンバスに油彩
I:もとの2点一組に関係なく、どう組み合わせてもその組み合わせで物語が機能していると思います。何を組み合わせたとしても、それぞれが機能するのかと思います。設置しながらそんな風に思いました。自分の絵の中に動物がでてくるのは絵本や不思議な伝承話が好きなことに因るものと思います。現実にとらわれすぎない、でも日々の生活に近いところにある世界、誰しも交差して迷い込むこともあるんじゃないか、そんなような世界に観る人が思いを巡らせて少し足を止めてくれると嬉しいです。
ペインティングの制作やノートに向かってアイディアを描き出す作業は、仕事や社会生活のなかで色々なことを自分に制限しながら生きる時間と別の時間軸だと感じます。子供の頃の考える、感じる、体を動かすといった一瞬一瞬の感情、冒険が渾然一体となった全身で生きる時間軸に似ている気がします。絵を観てくださる方が絵内の筆跡や世界に思いを巡らせ自分自身の時間に潜って遊んでくださると嬉しいのです。
河童とタコの物語
《Scene - Kappa》部分、2021、1800x1600mm 、キャンバスに油彩
G:この河童とかは?海外の人にはカッパってどう説明しているんですか?
I:(笑)説明したことはないですが、まあJapanese monster とかあっさりした感じで説明することになると思います。こんな形態で川に住んでいるよとそんな感じになるのかと思いますね。実はこの河童の絵の塗り重ねた下のレイヤーには一部タコの絵がありました。こどものときにやっつけたタコに、大人になって仕返しをされるというような話を背景に描いていたんですけれども、描いているうちに画面内のバランスの折り合いがつかなくなって、タコを無理残すよりも画面内の色や線を優先させそのまま着地したような制作でした。なのでタコ足の破片みたいなものが残っているんですけれども、実は当初のストーリー設定としては何年越しの対決みたいなものがありました(笑)。
新作ドローイング制作風景
G:彼の作品は趣味性が強いので、コレクター向きの作品かなと思います。物語性、ストーリーみたいなところでひっかかってくる人がいればその世界観に引き込まれ、ハマる絵だと思います。また一見絵柄に関係なく描かれた線が作家の身体的な動きや視線の変遷になっていて、暴れながらどこか全体でまとまっている。そのあたりは凄いバランス感覚をもっているなと感心します。
過去の絵の資料および今回の絵画群の設定資料のようなドローイングなどもビューイングルームにてご覧いただけます。背景を知ることでより楽しんでいただけると思います。
開催中の石田恵嗣 個展 FLOWは10月24日(日)まで。是非ご覧ください。