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【康夏奈 作品展レビュー】彼女そのものが宇宙であったようにおもう(アーツ前橋学芸員・今井朋)
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2021年秋にアートフロントギャラリーにて開催した「康夏奈:宇宙からのもう一つの視点」展と、東京都現代美術館にて2022年2月23日まで開催中の「MOTコレクション Journals 日々、記す vol.2」展内で特集展示として出品されている康夏奈の作品について、アーツ前橋の学芸員・今井朋氏にレビューを書いて頂きました。「康夏奈:宇宙からのもう一つの視点」および、「MOTコレクション Journals 日々、記す vol.2」康夏奈 特集展示 展示風景
彼女そのものが宇宙であったようにおもう
今井朋(アーツ前橋学芸員)
アートフロントギャラリーで開催された個展「康夏奈:宇宙からのもう一つの視点」(会期:2021年10月29日―11月14日)において、《だるまさんがころんだ。そして地球になった。》(2016年)《城山日出峰の目眩》(2013年)の大作2点が展示された。これらの作品は、2016年の「Art Meets 03 石塚まこ/康(吉田)夏奈」展(アーツ前橋)において展示した作品でもあった。コロナ禍において、都心への足が遠のくなかで、代官山での実際の展示を見ることは叶わなかったが、これらの作品が改めて「宇宙からのもう一つの視点」という康自身が発した言葉をタイトルに冠して再構成されたことは、私にとって今は亡き康との記憶が蘇るとともに、彼女との共有体験を更新する機会になった。
自らのルーツを求めて
《城山日出峰の目眩》には、父方の家族のルーツである済州島に姉とともに再訪した際に発見した風景が描かれている。康は、自らの家族のルーツを日本でともに暮らす家族の語りから理解をしていたのだろうが、祖母のお墓を探しに実際に済州島へ渡り、この島の自然の中を歩き回りながら、唐突現れた原風景を前に家族のこと、幼い日々の記憶を、一瞬にして目眩のように理解したのではないか。
康というアーティストは、私たちと世界とを繋ぐ媒介者なのではないかと、思うことがある。世界を理解するために、康は、山を登り、海に潜る。時には一人で、孤独に。彼女の身体を通じて得られた体験を、即興的にクレヨンで描き出された絵画空間において、私たちは感じとる。観客の前に現れるのは、限りなく主観的な風景でありながらも、そこには自然の圧倒的な驚異を感じさせてくれる何かが宿っている。危険を伴うほどの大自然の中に身を置き、恐れや不安を感じパニック状態に陥りながらも、一旦、大自然から身を引いた時、その場所がこれまでに見た中で最も美しい場所だったと認識できる。この意識の拡張を康は、「Beautiful Limit」と呼んだ。
だるまさんがころんだ。そして、地球になった。
アーツ前橋が開催するArt Meetsシリーズは、中堅作家を二人選び、それぞれが個展形式として展示を作り上げるもので、作家の多くは、既に発表したこれまでの代表作を選び取る傾向が強いのに対して、康は「だるま」を支持体にして新作を制作した。群馬県民が幼いころから親しむ上毛かるたで、「縁起だるまの少林山」と詠まれ、だるまは群馬のローカリティと深い繋がりがある。
康が、開館間もないアーツ前橋の入り口に置かれた白いだるまを見て、まだ彩色される前のだるまに会いたいというので、私たちは高崎の少林山達磨寺の前に並ぶだるま屋のなかから大門屋を紹介され、出向いた。大門屋の中田さんは、自らだるまの表情を描く職人でもあり、私たちを温かく迎え入れてくれた。工房に並ぶ白いだるまに職人たちが即興的に手慣れた手つきで墨を入れていく様子を康は興味深そうに眺めていた。また、白いだるまを素材として提供してもらえることを子どものように無邪気に喜んでいた姿が、今でも蘇る。素材となるだるまを小豆島に送ってもらった康が、描き始めたのは、だるまの表情の凹凸を地球に見立てた、海や山のモチーフであった。だるまを地球に見立てることで、康自身は、宇宙空間に存在しているごとく、地球を俯瞰して眺める立場になる。それまでは、自身が登った山や潜った海をその体感した時の記憶を克明に記録するかのようにクレヨンで即興的に描いていた作品とは異なり、だるまという個性と対話をしながら、一つ一つ新しい星を宇宙に作っていくような作業だったのではないか。康との会話を思い出すと、私には彼女自身が本当に宇宙そのものだったような気がしてならない。
康夏奈:宇宙からのもう一つの視点
2021年10月29日(金) – 11月14日(日) アートフロントギャラリー
MOTコレクション Journals 日々、記す vol.2
2021年11月13日(土)- 2022年2月23日(水・祝)東京都現代美術館