アデル・アブデスメッドは、いちはらアートxミックスとアートフロントギャラリーでの個展に合わせて来日予定だったが、新型コロナウィルス感染がヨーロッパにも東京にも広がったため来日が叶わなかった。 その代わり、展覧会を見に来る人達のためにビデオメッセージがアデルの住むパリから送られてきた。“Hello, Art Front”の呼びかけで始まり、グローバリゼーションで繋がった世界が分断を余儀なくされた事実を”out of joint”(バラバラになった)という文言で鋭くつき、繋がりゆえにこそ今、そこ(日本)に行かれない状況を嘆き悲しんでいる。
アデル・アブデスメッド : Play it Again 展示風景、2020 このような視点から眺めると、今回展示されている作品の中でとりわけ、アデルのアーティストとしての発言として強いメッセージ性を感じるのは「Forbidden Colours」という作品だろう。
「Forbidden Colours」2018 / キャンバスにミクストメディア / 175 x 115 x 3.5 cm / ©Adel Abdessemed 画面全体がメメント・モリを思わせる赤の網目で覆われ、ところどころに見いだされる黒ずんだ血の塊。実際、この血糊は映画の特殊効果で血液として使われるもので、それをドリッピングでキャンバスの上に塗り重ねている。陶板にも似た艶やかな表面から感じられる美と、それが実は血を模したフェイクブラッドであること、真実と虚構、シミュレーションとイリュージョン、反復と増殖などのコンセプトが浮かび上がってくる。
目の前に突き付けられる作品の物質性と作家の意図は、世界中どこにでも偏在する暴力や悲劇、今の状態に照らせば、親しい人の死、身近に存在する大殺戮、先月まで平和だった世界中の都市が死の街と化している現実を彷彿とさせる。まさに、南條史生氏が本展のDMテキストで述べられているような「パセティックな日常」 を象徴しているといえるだろう。
アデル・アブデスメッド : Play it Again 展示風景、2020 作品タイトルの「Forbidden Colours」(禁色=きんじき)は三島由紀夫の小説からとったという。女に裏切られ続けた老作家が復讐を企てる小説の本筋とは特に関係なく、タイトルが作品にぴったりだと言い、「何かが禁じられている」フレーズが不穏な作風を覆う。 そしてこの作品の隣に展示されているのが「The Vase and the Sword」(壺と刀)、陶器の壺と木刀が台座の上で出会っている作品だ。
「The Vase and the Sword」2018 / 木刀、陶の壺 / 刀:99 x φ7、壺:38 x φ23 cm こちらのオブジェ系の作品は、マルグリット・ユルスナ―ルの著作《ミシマ、空のヴィジョン》(1980)に触発され、繋がっている。 本の中で最後の場面に描かれている三島由紀夫と森田必勝の斬首と刀、との関係がそのまま平行して刀と陶の壺として表現されている。また、この作品のタイトルは、日本を外からみた紹介として著名なルース・ベネディクト著《菊と刀》のタイトルにならったものだという。 アデルは日本映画、とりわけ小津安二郎から黒澤明などを広く見ており、アートのもつ情熱と感性の活性化によりこれらの映画にもう一度光をあてたい、という思いで今回の展示を緩く構成した。アーティストによれば、「私のアートは考えたこと、感じたことを作品にしている。魅力的なオブジェに出会うと、息を吹き込んで特別な設えの中に置いて蘇らせる作業を行う。このプロセスを通じて、作品は新たなかたちを与えられ、新しいアートの形式として再生するのだ。」
以上のように、アデルは一方で誰にでもわかる視覚的言語を使って日常に潜む悲劇や暴力を表現し、普遍的な情念を伝えるとともに日本への思いも濃く持っている。若くしてアルジェリアを出た後、ニューヨーク、パリ、ベルリンなど活動拠点を移し、つねにコスモポリタンとして広く身の回りに起こる事件や事象を作品に取り込んで制作を続けてきた。今、それらを武器として今回のビデオメッセージの最後のテロップにあるように「A l’attaque! 戦い続けろ!」と自らをそして世界を鼓舞し、勇気づけてくれるのだ。見えない敵との闘いは続く。アデルのビデオメッセージはこちら VIDEO