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東京都現代美術館・KADIST共同企画展「もつれるものたち」展と磯辺行久《不確かな風向》

  • 東京都現代美術館・KADIST共同企画展「もつれるものたち」展と磯辺行久《不確かな風向》

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東京都現代美術館・KADIST共同企画展「もつれるものたち」展と磯辺行久《不確かな風向》

清津倉庫美術館

6月9日(火)〜 9月27日(日)

 東京都現代美術館がパリとサンフランシスコを拠点にするカディスト・アート・ファウンデーション(以降KADISTと表記)と共同企画した特別展「もつれるものたち」は、12人/組のアーティストの作品から、日々の暮らしと切り離せないさまざまな「もの」とのかかわりを探るテーマ展です。新型コロナウィルスの影響による会期延期の最中(※5/29追記:会期変更決定しました※)、KADISTより磯辺行久の出展作品《不確かな風向》をもとにした本展のプロモーションビデオが制作されました。今回は本作品の解説とともに、磯辺の昨今の動向についてご紹介します。

東京都現代美術館・KADIST共同企画展「もつれるものたち」展プロモーションビデオはこちら

カディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」公式ウェブサイト(東京都現代美術館)

関連記事:"アースデイ"から"大地の芸術祭"へ――パンデミック下の世界でアーティスト・磯辺行久が考える「環境と人間」

日程 6月9日(火)〜 9月27日(日)
※会期が変更されました※ 新型コロナの影響で延期されていたカディスト・アート・ファウンデーションとの共同企画展「もつれるものたち」は、上記日程で会期が変更されました。
 東京都現代美術館がKADISTと共同企画した特別展「もつれるものたち」は、日々の暮らしと切り離せないさまざまな「もの」とのかかわりをテーマに12人/組のアーティストを取り上げ、ある場所や時代と結びついたものが物質や生き物として、あるいは意味や価値、記憶を運ぶものとして紡いだ変化や移動の軌跡を描き出す。当初3月14日(土)- 6月14日(日)で開催予定であった本展は、現在新型コロナウィルスの影響により当面の間会期を延期しているが、このたびKADISTより磯辺行久の出展作品《不確かな風向》をもとにしたプロモーションビデオが制作された。動画は風向きを記号的に表現した矢印が自由奔放に延伸し、出展作家や関係者のクレジットの周りを巡回していく。

KADIST制作「もつれるものたち」展動画のシーケンス。(動画視聴はこちら

磯辺行久《不確かな風向》, 布、ミクストメディア, 1996-1998, 東京都現代美術館での展示風景(撮影:高橋健治)

 磯辺は日本画壇の未来を担う新鋭作家としての評価を固めつつあった1965年に突如渡米し、当時のアメリカで台頭してきたアートとテクノロジーの融合や環境意識の高まりを体験する。建築構造や空気を用いた数々の実験的試み、大規模イベントにおける協働制作を経て、「エコロジカルプランニング」(環境負荷を少なくした土地利用計画)を学び、以降長らくこの活動に専念するようになる。《不確かな風向》は、磯辺が作家としては四半世紀の沈黙を経て制作活動を再開した後の1996年、初めての大規模個展となった「エコロジカル・コンテクスト」展(P3 art and environment)に向けて制作されたものである。縦5m、横4mにもなる本作品は縦と横の2つの部分によりL字状に構成されるが、1996年の本展の時点では縦部分のみが展示されていたことが確認できる。

「エコロジカル・コンテクスト」展(P3 art and environment)会場風景(日本テレビ「美の世界:磯辺行久」1996年5月5日放映より)

 当作品は主に複数の布の形状を張り合わすことで構成されているが、これは当時のインタビュー映像(日本テレビ「美の世界:磯辺行久」1996年5月5日放映)によると、制作活動の再開に当たり、60年代に制作してきた「慣れ」の延長で作品ができることを避けるために、これまで馴染みのない布を素材に用いることで「不自由な状態で」作品を作ることを心がけたという。制作にあたっては、会場となったP3 art and environmentがアート&エンバイラメントを標榜しているため、自然の持っている仕組みを表したエコロジカルな考え方を、抽象的な記号や専門表記、データを用いて再構築した。

《不確かな風向》部分

 《不確かな風向》は決してエコロジカルプランニングで行われるような、計測と分析をもとにした科学的な根拠に基づいたものではなく、また越後妻有大地の芸術祭での一連の作品のような、環境変化による土地の変化の軌跡を正確に可視化したものでもない。しかしながら、本作品を含めいずれの時代の磯辺にも共通してみられるのは、エコロジーに対する「ロマンチックな」眼差しである。磯辺曰くエコロジーとは、純粋な科学というよりも 人間が自然に適合していくことへ憧れや夢といったロマンや、哲学的、道徳的な要素が入ってくる、いわばアーティスティックな要素が強いという。この現在に至る磯辺の活動の一貫性について、かつて磯辺の主宰するエコロジカルプランニングの会社「リジオナル・プランニング・チーム」に学生のころから勤め、「エコロジカル・コンテクスト」展を開催したP3 art and environment代表の芹沢高志は、以下の通り考察している:
 
 "ちょうど、創造の力で、目には見えない帯水層のネットワークを可視化させていくように、彼は自分の好みのさまざまなサイン、たとえばそれはワッペンや矢印やパラシュートや旗などだろうが、それらを駆使して、目には見えないこの世界の関係性を可視化させようとしつづけてきた。そしてそこに、繰り返しのパターンや風の流れや、今は消えてしまった昔の地形などが現れる。言ってみれば、そこであらわにされるのはシステムとしてのこの世界の姿だ。磯辺行久はそうやって、ずっと世界を理解しようと試みてきた。"
芹沢高志「想像力を世界に向ける」, 関直子・西川美穂子編『磯辺行久 Landscape—Yukihisa Isobe: Artist-Ecological Planner』(東京都現代美術館, 2007), p27.

リジオナル・プランニング・チーム作成、国土庁大都市圏整備局委託調査(1980)「大都市地域における防災都市構造の強化に関する調査(六甲山地地域)」阪神淡路大震災の15年前に六甲山地域の地震危険の可能性を指摘していることに留意したい。

 芹沢の考察を読んだ後に改めてKADISTの動画を見ると、等速的にぐんぐん進むベクトルはまるで、時代毎に自らの関心に率直に向き合い活動してきた磯辺の歩みのようだ。振り返れば、50年代に「デモクラート美術家協会」に参加し、途方もない数の版画やドローイングを制作していた時から既に、その膨大な試行錯誤の中にも、大気の動きや雲、水の流れといった「世界のシステム」に着目し、それを記号的・抽象的に再構築しようとする試みが認められる。なお、今回紹介した「もつれるものたち」展と同館で同時開催予定であった「ドローイングの可能性」展では、過去と将来の河川や海の水をめぐるヴィジョンをドローイングとして示した磯辺の作品を紹介している。

 近年稀に見る新型コロナ禍により、市原アートミックスをはじめ出展予定のイベントは軒並み延期を余儀なくされているが、環境や地域のことわりを再構築し可視化する磯辺の制作意欲は今もってますます漲っている。中でも、同じく開催が延期された「北アルプス国際芸術祭」では、《不確かな風向》の進化系ともいえる、同タイトルの作品を計画中だ。「ロックフィルダム」と呼ばれる自然石を積み上げた、日本でも有数の七倉ダム下端の平地150 x300mを舞台に、ダム斜面からの風の吹き下ろし、吹き上りを実地測量及びエコロジカルプランニングの手法で解析、その風向きの航跡を磯辺の記号的表現により再構築されるという、広大なスケールの作品である。東京都現代美術館での展示をはじめ各プロジェクトの再開には今しばらくかかりそうだが、今後の磯辺の動向に期待しつつ、一先ずはこの動画を見ながら楽しみに待ちたい。

北アルプス国際芸術祭のためのプランドローイング

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