新聞や書籍のページを使った作品づくりで知られる足立篤史。どんな紙でどんな作品をつくるか、その構想と資料や材料集めにもっとも時間を費やすといいます。今年の岡本太郎賞で特別賞を受賞した作品は、5x6メートルにわたる飛行機でしたが、小さい作品もそれに劣らず時間をかけて、その形やどの文字を使って歴史を感じさせるかに腐心し、当時発行された本物の刊行物にしか醸し出すことのできない存在感を出しています。このような作品をつくるきっかけについて作家は次のようにコメントしています。
この世に存在する物には、その”モノ”が存在した時代、歴史、そして人々の記憶が刻まれていると私は考えています。例えば靴のかかとの削れや、マニュアル車のクラッチのクセ、使い込んだ証の傷や塗装はげなど。
その「表面に刻まれたもの」を、人が発明した「文字」を使用し、表面に刻まれた記憶を視認できるようにしようと考えました。その時に使用素材として適切だと思ったのが、ほぼ毎日発行され、その時代、その日の出来事を掲載している「新聞」というメディアでした。その「新聞」を使用することにより、モチーフが存在した時代、人々の記憶を復元できるのではと思い、作品に使用するようになっていきました。
《宇宙時間》展示風景 photo by Hiroshi Noguchi
左から時間の流れに沿って設置された3体の飛行機です。1940年に開催予定だった東京オリンピックの返上を決定した1938年の報知新聞を使用、モチーフはその後の太平洋戦争に繋がる艦上戦闘機。その隣は1964年開催の東京オリンピックのときの新聞を使用して、開会式で五輪マークを大空につくったブルーインパルスに形作りました。そして記憶に新しい、2020年の東京オリンピックの開催が決まったときの号外新聞を使用し、当時の盛り上がりを熱く伝えるような記事を選んでこれもブルーインパルス(川崎T-4)をモチーフとして制作。時代を隔てたそれぞれの作品とその背景にこめられたメッセージが読み取れます。
飛行機の作品などは、1/48サイズで制作しています。このサイズは飛行機模型のメジャーな縮尺の一つで、模型の縮尺で作ることにより、表面の実物の新聞から得られるリアリティと、模型という兵器を模しながらも非現実な「おもちゃ」としてのサイズに意味があると考えています。
足立篤史 《Hector》2022年 小説《De la Terre à la Lune》、紙、プラスチック h220x350x160mm photo by the artist
このラットのHector は1961年にフランスが初めて宇宙に送った動物で、それをフランスのSF作家、ジュール・ヴェルヌの《月世界旅行》の頁を素材に作り出しました。空想科学的なストーリーが作品の背後に見え隠れしますが、データを作成して、それを元にミリ単位の細かい作業で作りこんで本体につけていく作業の積み重ねでできています。
2023年7月に銀座で行った個展では、「過去」に直面する作品を展示しました。(以下作家によるコメント)
今の時代、改めて自分たちの歴史、過去に何をし、何が起き、どういう結果になったか、改めて見つめ直し、考えるいい機会になるのではないかと思っています。
簡単に語ることのできない出来事が多く存在しますが、普段歴史や過去を振り返らない人たちにも考えるきっかけとなる「入り口」として、この個展では「真珠湾攻撃(始まり)」、「原爆投下、敗戦(終わり)」、そして「これから来るかもしれない「始まり」」の三つを重要なキーポイントとして取り上げ、真珠湾攻撃により沈没した「戦艦アリゾナ」、多くの日本の都市を焼き払い、広島、長崎に「原子爆弾」を投下し、事実上の日本の無条件降伏へのきっかけを作った「B-29」、そしてこれから来るかもしれない、新たなる「始まり」の姿として、航空自衛隊に配備され始めた最新鋭ステルス機「F-35A」をモチーフとした作品を中心とし、改めて自分たちの国が過去に何があったかを考えるきっかけを作る展示としました。
参考 足立篤史 「はじまりとおわり、そしてはじまり。」FBIギャラリー
photo by the artist
角文平《隕石シリーズ》photo by Hiroshi Noguchi
角文平もまた、ジュール・ヴェルヌの《月世界旅行》に触発されたアーティストのひとりです。宇宙の彼方からとんできた隕石を想定し、石にプロペラをつけたユーモラスな形で表現しています。角は、日常のモノとモノを組み合わせ、コラージュすることで今ある状態に問いを投げかけます。環境問題を考える中で地球とそれをとりまく宇宙など広い世界に対するイメージを軽やかに作品化してみせるのです。
三浦かおり《揺蕩》(右)2021 ミクストメディア h250 x 200mmφ
《どこへ》(左)2022 ミクストメディア h170 x 127mmφ photo by Hiroshi Noguchi
三浦かおりは日常にある素材で「余韻」「気配」「痕迹」などをテーマとして作品の制作を続けています。ギャラリー個展のほか、BankARTでの《食と現代美術vol.8》(2021), 《心ある機械たち again》(2019) 、中之条ビエンナーレ(2015, 2013)などで注目を集めています。今回の展示作品は、時計のムーブメントによる秒針や磁石の動きによって、刻刻と変わる現実世界の一断面を見せるものです。磁石によって転がる小さな玉は、あたかもそれ自身が痕跡を残すかのように時を刻んでいます。
作家は自らの作家活動について次のように語っています。
私たちの生活は、時間によって秩序立てられていますが、時間は世の中の出来事などとは無関係に淡々と過ぎていきます。また、私たちが日々をどのように過ごしていても、時計は1秒ずつ時を刻み、少しずつ変化を積み重ねながら進んでしまいます。
その不可逆的で淡々と過ぎていく様が、時間が誰にも平等で、誰にもコントロールできない領域のように思えました。
作品には、時間は見る人の視点次第で相対的なものでもあることから、時計の時針と分針の具体的な時間経過が分かる機能は取り除き、最小限の機能としての秒針と右回りの慣性的な動きを用いています。
知念ありさ 《Cloud Nine》2023 板にペイント、糸、釘 320mm φx23
photo by Hiroshi Noguchi
知念ありさはロンドン留学を経て東京藝術大学大学院博士課程修了。幾何学のストリングアートでミクロコスモス的な作品を編み出しています。一定の法則に従って、木に打ったピンに順番に糸を掛けることで、シンプルかつ深淵なモチーフを描き出します。
作家は自身の作品について次のようにコメントしています。「ピン数と掛け方の係数があって、割り切れない割り算を使ったりします。この法則だとこのパターンができるというような関数が裏にある、という感じです。絵具だと重ねて塗ると下の色が見えづらくなったりするんですけれども、糸だとそれが立つ位置や角度によって透けてみえたりします。また、直線を使って(円形のような)曲線を描いたり、光の加減で糸が見えやすくなったり、見えにくくなったり、そういうところも糸掛けの魅力かと思います。」-知念ありさ
数学と幾何学、図形などを手作業と組み合わせて独特の世界観を展開しています。
久野彩子《water and sewerage (上水)》2020 シルバー 200φx 15mm
ロストワックスの手法を使って、金属から様々な風景を紡ぎだす久野彩子。2020年にアートフロントギャラリーで個展を開催したときには都市を上空から眺めたような作品を制作しました。オリンピックにちなんだ各国の首都、都道府県、東京の鉄道網といった地図状の網目をシルバーや真鍮などの細い金属で表現していました。そのときの作品の一つがこの、東京の上水と下水の作品で、上水網がシルバー、下水網が真鍮で表現されていますが、作家によれば、上水下水を調べてみるとかなり密度が違っているため、素材も違えたということです。
多様な素材を通じて、宇宙や時間への問いかけを作品とした展示をぜひ、ご覧ください。