Gallery's Picks for the Month(いちはらアート×ミックス)
先日ついに開幕した「房総里山芸術祭いちはらアート×ミックス2020+」からギャラリーいち押しのアデル・アブデスメッド、磯辺行久、冨安由真の作品を紹介します。
芸術祭出品作品の解説とともに、代官山のアートフロントギャラリーで見ることのできる各作家の平面作品も紹介。コレクション作品と空間的な作品の違いもお楽しみ下さい。
作品のお問い合わせはcontact@artfrontgallery.com もしくは03-3476-4868(担当:庄司・坪井)まで。
房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+
房総の里山から世界を覗く
会期:2021.11.19(金)-12.26(日)
開催エリア:千葉県 市原市 小湊鉄道を軸とした周辺エリア
ウェブサイト
アデル・アブデスメッド
会場:小湊鉄道五井駅ホーム
GI-7《Play it Again》
アデル・アブデスメッドはアルジェリア出身、主にフランスを拠点に活動している国際的なアーティストです。これまでヴェニス・ビエンナーレに4回選出され、2007年にはネオンと有刺鉄線を使ったミニマルな作品でベネッセ賞を受賞しました。日本では横浜トリエンナーレ(2001)、あいちトリエンナーレ(2010)、奥能登国際芸術祭(2017)などに招かれ、いずれも主要作家としてインスタレーションを展開したほか、森美術館開館記念展において野良猫をモチーフにしたビデオ作品で話題となりました。
アブデスメッドの作品は人間の根源的な苦しみや哀しみを現代的な素材を使って表現したものが多くみられます。過激な戦争の悲惨さを直接的に社会に訴えた作品はCri (叫び、2012) では、ベトナム戦争の最中にアメリカ軍の空爆を逃れるために全裸で走り来る女の子の写真を元に、その瞬間を象牙で凍結させました。アルジェリア独立戦争の政情不安の中で故郷に帰れなくなり、アートという力をもって孤独に戦うアーティストであるアブデスメッドの作品は人間の根源的な苦しみや哀しみを現代的な素材を使って表現したものが多くみられます。
その一方で、動物やファウンドオブジェクトなどを通してユーモラスな一面も醸し出しているのがアブデスメッド作品の特徴です。今回いちはらアートミックスの最初の駅を飾っているピアノを使ったインスタレーションもそんな作品ではないでしょうか。小湊鉄道五井駅の歩道橋の下にピアノを吊り下げ、自動演奏で「カサブランカ」のワンシーンに出てくるジャズピアノが披露されます。”Play it Again(もう一度聴かせて)”というタイトルが示すように、演奏者が不在でありながら、この駅を出発する芸術祭の来訪者を音楽で送り出す音色が聴こえてくるようです。
《Play it again》2019, 紙に木炭, 42 x 29.7cm
そして、ここでは2020年のアートフロントの個展でも発表されたドローイング作品を紹介します。A3サイズの紙に木炭で描かれた本作は、いちはらアート×ミックス2020の為に制作されました。表面には吊り下げられたピアノを見上げる人物のシルエット、そして背面には反対側から見たアップライトピアノが描かれています。アデルはどのプロジェクトにも多くのドローイングを残しており、それらは作家が思いを巡らせた思考の軌跡であると同時に、それ自身が作品となっています。事実、近年出版されたアデルの作品集にはドローイングだけを集めた巻があり、ページを追うことによって、国内外で展開した立体作品やインスタレーションを想起することができます。
コロナ禍前に市原を訪れ、現地を視察したアデルはどのような思いをこめてこのドローイングを描いたのでしょうか。人物像のひとりはピアノを見上げて異郷の地に流れるカサブランカと現地の風の音が奏でる協奏曲に耳を傾ける、自画像なのでしょうか。あるいは突如として駅に現れたオブジェを鑑賞している、住民の母とこどもでしょうか。いずれにしても、ピアノと人間にフォーカスする作家のシンプルかつ直截的なメッセージが感じ取れる作品だと思われます。
「 Play it Again」2020、アートフロントギャラリー展示風景
磯辺行久
会場:田淵の里
TZ-4《6000年前、養老川の本流がここを流れていた》
TZ-5 イベント《養老川を翔ぶ》熱気球プロジェクト鑑賞( 11月19日(金) 時間: 10:00-15:00)
磯辺行久は1935年東京生まれ、1950年代から版画を制作し、60年代にはワッペン型を反復したレリーフを制作し一躍注目を集めます。65年ニューヨークに渡った磯辺は、当時のアメリカで巻き起こった環境との共生を目指すムーブメントに関わったことを機に、自然環境と共生していくための環境計画「エコロジカル・プランニング」への活動へとシフトしていきます。2000年の大地の芸術祭以降の磯辺は、実地測量とエコロジカル・プランニングで培った環境分析を応用し、舞台となる土地の自然環境の変遷を浮き彫りにする広大なランドアートを生み出しています。2021年は北アルプス国際芸術祭での石積みのロックフィルダムが聳え立つ広大な地に、風の強さを表す石の模様をダイナミックに描いた《不確かな風向き》と、奥能登国際芸術祭での、奥能登の風土・文化に大きな影響を与える偏西風と対馬海流・リマン海流の流れを風船とブイを流して検証する大規模プロジェクトを次々と発表しました。
今回のいちはらアート×ミックス2020+で磯辺は、チバニアンの地層を見ることができる市原の田淵の里を舞台にしたプロジェクト《6000年前、養老川の本流がここを流れていた》《養老川を翔ぶ》を発表しました。チバニアンは77万年に起きた最後の地磁気逆転現象を連続的に捉えることができる地層であり、かつての養老川の本流を示しています。磯辺は《6000年前、養老川の本流がここを流れていた》において、今から6,000年ほど前の、養老川の本流であった地形の一部を再出現させました。また、オープン初日限りのプロジェクト《養老川を翔ぶ》では、熱気球を飛ばし作品全域を上空から俯瞰して鑑賞するイベントが行われました。
今回のプロジェクトの舞台となった市原の地層とも関連した興味深い作品として、《房総の帯水層・地下水》(布コラージュ、1995年制作)を紹介いたします。磯辺が70年にエコロジカル・プランニングのスペシャリストとして活動してから、作家としては四半世紀の沈黙を経て制作活動を再開した時期に制作された本作品は、房総地域の地下水によって飽和した地層・帯水層を断面図として表現しています。この地域では豊かな地下水があることで知られ、市原市内では地下水が自然に湧き出る自噴井もあるとのことです。
作品の青色とピンク色の布コラージュによる大胆なボーダーが目に鮮やかに写る一方で、作品上辺に配置された、複数の曲線矢印が配されていることも忘れてはなりません。90年代の磯辺作品を語る上で、自由奔放に向いた矢印は風向きを表現した重要な記号でした。今年3つの芸術祭で発表された磯辺作品は、何れも風をテーマにしたものであったと言っても過言ではありません。《6000年前、養老川の本流がここを流れていた》においても、悠久の時の中で流れた水と風のおかげでチバニアンの地層を見ることができています。
写真中央:《房総の帯水層・地下水》布コラージュ、253x188cm、1995(「磯辺行久―環境・イメージ・表現」展(市原湖畔美術館、2013)展示風景)
冨安由真
会場 旧平三小学校
HS-7《Jacob's Ladder (Dream For Ascension) / ヤコブの梯子(終わらない夢)》
HS-12《The TOWER (Descension To The Emerald City) / 塔(エメラルド・シティに落ちる)》
冨安由真は、1983年生まれ。我々の日々の生活における現実と非現実の狭間を捉えることに関心を寄せて創作活動をおこなう作家です。科学によっては必ずしもすべて説明できないような人間の深層心理や不可視なものに対する知覚を鑑賞者に疑似的に体験させる作品を制作。大型インスタレーション作品では、そこに足を踏み入れた鑑賞者は、図らずも自分自身の無意識の世界と出会うかのような体験をするかもしれません。現在、金沢21世紀美術館で開催中の展覧会も好評な冨安は12月17日からアートフロントギャラリーでも個展を開催します。
今回、冨安はいちはらアートxミックス2020+において2つの作品を披露しています。
一つ目は校舎内にある階段を用いた作品です。学校内の2階から3階にかけての道行が区切られ、まるで部屋のようなしつらえです。階段に因んだ「上昇」がテーマのこの作品はアートフロントにおいて発表した2019年の個展「Making All Things Equal 」の時に展示公開された絵画《ヤコブの梯子 Jacob’s Ladder》がベースとなっています。ヤコブの梯子とは旧約聖書の一節にあるヤコブが夢の中で見た天使が上り下りする梯子のことで、大英博物館にあるウィリアム・ブレイクの絵画においては螺旋状の階段として描かれています。会場には他にも絵画に描かれた梯子や階段が散りばめられており、冨安の内的世界感が広がっています。旧約聖書では土地を追われ移動する中、石を枕に疲れ切ったヤコブが眠りに落ちると、天と地をつなぐ梯子とその傍に神が現れ、この土地とヤコブ、またその子孫に祝福をもたらしたという一説があります。この作品が市原にとっても良い形になるようにという作家の想いがそこにはあるのかもしれません。
2つ目は1Fの職員用玄関の裏手に入り口がある給食配膳室とそのエレベーター を1Fから3Fまでを使った縦方向の空間を利用した作品です。他の作品とは入り口が別になっており見逃さない様に注意したい作品です。 この作品は1つ目のヤコブの梯子の対となる作品で「下降」がテーマとなっています。 《The TOWER (Descension To The Emerald City) / 塔(エメラルド・シティに落ちる)》と名付けられたこの作品は冨安が幼少期に見たエメラルド色の塔の中をひたすらに落下する夢とタロットカードの「塔」の絵柄がそのモチーフになっています。エメラルドシティはアメリカ文学のオズの魔法使いに登場する架空の街です。1Fから3Fに向かうにしたがって各部屋に入った際の違和感は大きくなります。
そして、ここでは冨安の絵画作品《Shadows of Wandering (The Paintings)》を紹介します。2021年1月に神奈川芸術劇場で開催されたKAAT Exhibitionで披露された廃墟を描いた絵です。KAAT Exhibitionにおいて廃墟をイメージしたインスタレーションの最後に控えていた印象深い絵です。
よく見ると、インスタレーションの内部には、絵が置かれ絵画として描かれた空間にさらに冨安の実存する絵が描かれています。この繰り返すイメージはまるで映画「インセプション」に出てくる「夢の中の夢」の様に多重構造であることがわかります。
《Shadows of Wandering (The Paintings)》2021、1265 x 1595 x 60 mm、パネルに油彩、額装
今回の「いちはらアート✕ミックス2020+」の展示を見てすでにお気づきの方もいるかもしれませんが、KAATで見たものがいくつか出てきています。1Fの剥製群、2Fの絵画、3Fの鹿とテーブル。当初からこの2つの展示は関連し連携する予定だったのです。もともと、いちはらアート✕ミックス2020はKAAT exhibitionに先駆けて開催される予定でした。しかし開催を目前にしてコロナ禍で無期限の延期を余儀なくされました。KAAT Exhibitionも同様にコロナ禍で延期になりましたが、2020年1月に開催され公開の順番が入れ違っています。お披露目の順番が入れ替わってしまいましたが、これらの重複するイメージは市原市のある廃墟をモチーフに作られており、これらは今でもその名残として登場しています。KAATの会場や映像で見た世界は現在も市原に実在するのです。
千葉県市原市で開催中の
房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス2020+は12月26日まで。
ぜひお出かけください。
公式ウェブサイトはこちら