康夏奈 《Green and River 01-03》 2014 / 760 x 570mm / アルシュ紙にオイルパステル、水彩
昨年春に急逝した康夏奈は、自ら自然に分け入った体験を基にして、山や海を描く画家として知られています。周囲の風景を瞬間的に捉えて描くスピードに、一番追いついてくれるのがオイルパステルとの思いからパステルを多用していました。この作品には水彩も使われており、川辺の小石を表現した透明感のある水彩と筆圧の高い樹木のパステルが対比されています。北欧やロス、小豆島など様々な地形や気候を愛し、その記憶を紙に留めていた康ですが、風景を描いた他のドローイングも併せて展示します。
阪本トクロウ 《水面-weave-_A》2020 / 333 x 530mm /アクリル、墨汁、小川和紙、高知麻紙
今年2月に個展「阪本トクロウ:gap」で発表された「水面」のシリーズは、みなものゆらぎ、さざ波、光の乱反射などを描いたものでこれまで制作してきたオールオーバーな水面シリーズの延長にあります。墨流しの手法でまず、和紙に波紋様を表出し、その上にフリーハンドでアクリル絵具を重ねています。偶然の結果生まれた墨流しの紋様に、自然を写したリアルな線が重なり、重層的な奥行き感を創りだしています。
阪本トクロウ 《夕景》2016 / 1303 x 1303mm / 高知麻紙、アクリル
より俯瞰的な構図の作品もあります。甲府盆地を描いた《夕景》には、夕暮れの空のもと、そろそろ点灯し始める街の明かりが点々で表されています。細い筆を使って筆跡を見せないような精緻なタッチで描かれ、まさにその場の空気感が伝わってくるようです。
南条嘉毅 《エトルタの崖》 2017 / 273 x 455mm / エトルタの土、アクリル、パネル、綿布 他
南条は国内外に旅をして、その地の土を持ち帰って絵具として使っています。英仏海峡に面したノルマンディー地方のエトルタは詩情をそそられる場所の一つで、モネやクールベをはじめとして多くの画家が美術史上有名な作品を描いてきましたが、南条は同じような構図を用いながらも、その場で採取した土にメディウムを混ぜて使用している点でユニークです。その場所の記憶が物質としても画面に定着しているのです。南条は今年9月4日から石川県珠洲市で開催される奥能登国際芸術祭2020+に参加します。出品作品の中でもっとも注目されている、スズ・シアター・ミュージアムの全体演出を担当し、古い木造船やピアノを使ったしつらえに映像を組み合わせたインスタレーションを発表します。
鈴木ヒラク 《Constellation #35》2019 / 995 x 695mm / 紙にシルバーインク、墨汁、アルミニウムマウント
墨汁を染み込ませた漆黒の紙に、光を反射するシルバーインクで描かれた作品です。タイトルは星座を意味するConstellation で、無数に拡がる光の粒子が線によって関連付けられ、記号か文字のように規則性を持って集積されています。鈴木ヒラクは、「ドローイング」を絵と言葉のあいだにある行為と捉え、平面・壁画・パフォーマンスや彫刻など様々な手法によって、その可能性を拡張し続けています。壁画など特定の環境に属した場に描くときにはその歴史性や場所性を掘り起し、その上に自らの身振りの痕跡を残しています。それは、幼少の頃から関心を持ってきた「発掘」という考古学の方法論を、現代の都市空間に適用することで、未来の遺跡を作り出そうという試みでもあります。様々な背景を通ってきた記憶が、画面の上で音楽的なリズムを生み出しながら、過去と未来を線として繋げていることが感じられるでしょう。
鈴木ヒラク 《Road (Deambulation)》2018 / 1050 x 3000mm / 反射板、木製パネル
今回の展覧会では、通常は路上で標識として用いられる反射板を素材とした作品も展示されます。日常にありふれた記号の断片を再配置し、新たに繋ぎ合わせて光を反射させることによって、見るものとの応答を促す作品といえるでしょう。
ムニール・ファトゥミ 《Calligraphy of Fire》 2017 / 1220 x 1220mm (4枚組) / キャンバスにスプレー
モロッコ生れで、フランスに長く住み、現在はスペインで活動しているムニール・ファトゥミは、宗教や言語、教育などのテーマを巧みに組み合わせた幅広い作風で知られている作家です。この作品は、コーランの文章を金属で繰り抜いたオブジェを使い、スプレーで描いた平面作品です。4点のペインティングから構成されており、横一列に並置することも可能です。西欧の宗教や文化に慣れ親しんでいるファトゥミですが、常にperiphery =周縁からの視点を失わず、身近にある素材などを使って自らのアイデンティティを表現し続けています。
エコ・ヌグロホ 《Untitled painting A, C, D》2019 キャンバスにアクリル絵具
インドネシアを代表する現代アーティストのエコ・ヌグロホは、前回の奥能登国際芸術祭(2017)や瀬戸内国際芸術祭(2019)に参加し、伊吹島の古民家の中で壁画を描いて注目を集めました。マスクを被った人物が多いのは、アーティストによれば、人々のコミュニケーションの取り方が偏ってきており、「うつろで意味のない視線」を強調するための手段だそうです。ビビッドな色づかいで知られるエコですが、モノクロのドローイングも作家の手わざを直接伝えるものとして魅力的です。
大岩オスカール 《Shadow cat meets Light Rabbit (small)》 2021 / 460 x 610mm / キャンバスに油彩
マーカーインキを駆使して大画面にモノクロの壁画を展開することでも知られる大岩オスカール。幼少期からドローイングの世界に浸りながら様々な世界や旅を空想していたといいます。そんな空想の旅に出てきそうなシャドウキャットとライトラビット。もともとは旅の途中で見た、群れをなして空港を走り去るウサギの群れにヒントを得た作品だそうです。現在、東京都現代美術館で開催中の企画展《Journals 日々、記す》展も併せてぜひご覧ください。