アートフロントギャラリーの主な出展作家は川俣正と藤堂になります。
藤堂と川俣は特定の素材を使って自分たちが創り上げる作品を通して歴史や時間というものを表現しようとしています。
川俣はモニュメンタルな建物にインスタレーション作品を設置することでその歴史と周囲の世界を結び付けてきました。大型のインスタレーション作品では主に木材を組み合わせることで新たに発見された空間そのものが作品化されます。プロジェクトの構想を記したドローイングやマケットは単にそのプランを表すというよりも、制作プロセスの軌跡が個別の作品となり、近年ますます人気を集めています。
川俣正 「Big Nest in Busan No.2」/ パンネル、木、ペイント / W153 x D12 x H210 cm / 30 kg 2018
一方藤堂は、ドイツ留学の頃からヨーロッパの様々な地域でみつけたオブジェを使って作品を創り出してきました。彼は常に或る場所はその場所固有の歴史や特徴を持っていると考えており、例えば歴史的な場所で拾ってきた石を使うことでその場所に込められた歴史そのものを捉えようとしています。
藤堂 「神宮プール-orange」/ がれき、積層ガラス / W15.2 x D10.6 x H12.1 cm / 27 kg 2019
この二人のアーティストは全く違った作風でありながら、彼らはもう一つ共通項を持っており、それが2011年に起こった震災と津波に端を発した作品群です。
川俣正 "Under the Water" 展示風景、ポンピドゥー・センター・メス、2016 photo by the artist, Tadashi Kawamata 川俣正撮影
あまりの甚大な被害を前にして川俣は何もできなかったといいます。ただ、作家は「人々は津波が起こったことを忘れようとしているが、瓦礫が消えることはない。むしろ戻ってくるものだ。」と述べています。忘れるというよりも、川俣はこの悲劇に寄り添った調査研究を推進しようとしているのです。
先に述べたもの以外にも川俣は様々な分野を詳しく調べており、フランスのポンピドー・メッスで東日本大震災が起こった後に開催された個展《Under the water》は自然災害を表現した例といえるでしょう。この大型インスタレーションは扉やイス、窓、既に当初の姿をとどめていないような木製の瓦礫によって構成されています。作品全体が見るものに強く訴えてくるのは、2011年3月に日本を襲った巨大な津波の前後に、水の中で人々が何を見たのか、どのようにこの世界が見えたのかという視点と、地震で破壊された建物や崩れた何トンもの瓦礫が水面を覆いかぶさる中で、永遠にその水面には浮き上がってこられないという絶望的で希望が断たれた感覚です。
川俣正 「Tsunami No.19」/ パンネル、木、メタル、ペイント / W210 x D8 x H153 cm / 30 kg 2016
このプロジェクトは震災後すぐに展示されました。もし川俣が日本にいたらこのような悲劇を直截的に表現するのは難しかったかもしれません。日本の外にいるからこそ違った角度からこの事象に対峙することができ、このトピックスをもっと客観的な側面から世界にむけて発信することができたといえるでしょう。地震だけでなく多くの犠牲を生み出した津波について、彼の拠点であるパリで展示することができたのは、日本人アーティストによる創造だったからではないでしょうか。
最後に川俣は、「瓦礫がやがて戻ってくる」と言及しています。その言葉通り、日本人によってパリで制作されたtsunami シリーズが今回、里帰りします。震災から10年の今年、日本で展示されることは大変意義深いといえるでしょう。
藤堂 Debris 2016 展示風景、アートフロントギャラリ―
藤堂もまた、彼の人生の中で東北の震災を重く受け止めています。彼は2011年の震災の後にヨーロッパから帰国し、それまでとは全く違った瓦礫作品を展開しはじめるきっかけとなりました。
今回は都市がめまぐるしく新陳代謝していく中で生み出される建物の断片や遺物を素材にしています。都市の歴史をとらえ、しばしば短いサイクルで移り変わっていく都市の記憶を誘導するかのようにその瓦礫の間にそっとガラスを挟み込みます。ヨーロッパの石を使っていたときには全ての人類にかかわる「考古学」であった作品が、瓦礫に方向転換した後はもっと個人史というか我々の私的な歴史に向かっているようです。建物の瓦礫はより身近な場所から見いだされており、瓦礫に挟み込まれたガラスの積層は、その建物に関するより特定の、より身近な思い出と結びついています。つまり藤堂の作品は観る人自身に訴えてくるわけです。
藤堂 「陸前高田 #03」/ がれき、積層ガラス / W36.3 x D16.3 x H3.4 cm / 2018
藤堂はまた、これらの建物の瓦礫の作品だけでなく、東日本大震災によって倒壊した家屋の瓦礫も作品化しています。この作品は、震災と津波で甚大な被害を受けた陸前高田の建物から採取された瓦礫によってつくられた作品です。
日本人の藤堂にとってこの出来事は衝撃でした。彼は実際に被災地を訪ね、既に持ち主が誰であったか知る由もないほど壊れてしまった瓦礫を採取しました。この作品を通して、作家は、見る人にかつてその場所に住んでいた人々やその歴史に思いを馳せてほしいと願っています。
東日本大震災から10年が経とうとしています。この未曾有の災害は文字通り大災害であり、いまだ癒えることのない心の傷を残しています。傷を癒し、現実を直視するためにも、アーティストがこの悲劇について語り続け、また何が起きたかを記憶するように努力してきたことを心に留めながら、これらの作品を見ていただけたらと思います。
川俣正と藤堂のほかには田中信太郎、大岩オスカール、レアンドロ・エルリッヒの作品を出展します。新進気鋭のアーティストとしては冨安由真と春原直人を展示しますのでぜひご期待ください。
田中信太郎「韓(HAN)-黒髪」/ キャンバスにアクリル / W194 x D4.5 x H194 cm / 1990
大岩オスカール「Shop (Market)」/ キャンバスに油彩 / W76 x H58cm / 2020
レアンドロ・エルリッヒ「見えない庭(夏)」/ 鉄、ステンレススチール、モス、スポンジ、ブリザーブドフラワー / H43 x φ45 cm / 2014
冨安由真「Moonlit Trees (with Lady in White Dress)」/ パネルに油彩 / W97 x H130.3 cm / 2019
春原直人「4158」/ 和紙、岩絵具、墨 / W227.3 x D4 x H181.8 cm / 2019