エステル・ストッカー、秩序とそこからの自由
黒、グレー、白の3色のみで構成されたシステムを使って、3次元のウォークスルー・ストラクチャー(鑑賞者が中を歩くことができる作品)やイリュージョンをはらんだインスタレーションの制作で知られるエステル・ストッカー。ウィーン在住の作家は2016年瀬戸内国際芸術祭では粟島に作品を発表しましたが、大地の芸術祭には初参加となります。
エステル・ストッカー 《憧れの眺望》2021年 大地の芸術祭2022 photo by KEIZO KIOKU
ストッカーの作品は主に抽象的・幾何学的な視点による絵画とインスタレーションで構成されており、この2つのジャンルは互いに密接に関連しています。インスタレーションは、黒、グレー、白のモノクロームで描かれた絵画を3次元に投影したものです。それらは空間的、彫刻的な絵画を実現しようとしているようです。言い換えれば絵画的な空間とも言えるのでしょうか。
エステル・ストッカー作品展示風景 photo by KEIZO KIOKU
今回出品されている絵画は線を連ねたもの。以前あるインタビューに答えて(註1)
「この世界が線だけで構成されている様子を私は想像できます。線と線によって構造が生まれ、そのスケルトン構造の中で、我々ひとりひとりが生きることができるのです。私たちの動きは全て、線とその軌跡に基づいているからです。・・・私の作品の中で動くものは観者だけ。その人なりの考えや知覚、空間の中に置かれた身体を以て動きます。そういう方法によって、動かないスタティックな作品でも我々自身の中の感情を導き出すことができると信じています。」と語っています。
立体作品も展示されており、これらは空間によって向きを変えてもよいそうです。「私のつくる形を、こうあるべきという予想や期待から解放したいのです。どうしても今ある条件によって想像力が限定されてしまいがちですが、私がめざす形というのは、定義できず、からっぽで、オープンなもの。いわゆる秩序から外そうと試みています。ですから、私のシステムは不完全で、拡張していくタイプです。」彼女の幾何学的な構造は、永遠に自己反復するモジュールに基づいており、一見秩序立った視覚的なリズムを生み出しますが、そこに収差(ズレ)を加えて、元のイメージに隣接するが新たなリズムを生み出します。このように光学的なバランスに狂いをもたらすことで、秩序と平面の次元を意図的に破壊し、驚きと感動を生み出しているのです。
註1 Interview by Alberto Fiore from https://www.estherstocker.net/
早崎真奈美 見えない物、光と影への思慕
早崎真奈美 《Invisible Grove~不可視の杜~》大地の芸術祭2022 苗場酒造
photo by KEIZO KIOKU
早崎真奈美は京都市立芸大で日本画を学んだあと、ロンドン芸術大学Chelsea College of Art and Designに留学。自然科学史と人間との関係、生物の生態系に興味を持ち、「生と死」「善と悪」「美と醜」等、二元性の視点から人間そのものを考察している早崎は、これまで主に生態系にみられる様々なモチーフを切り絵の手法で切り出してきました。鳥や蝶、植物から顕微鏡で見た微生物、オモチャにいたるまで、精緻なカットで切り出し、空間に配置。作家によれば、インスタレーションで使う紙のオブジェは「曖昧な境目」のメタファーと考えられ、紙から切り出したイメージは、平面の要素を強く持ちながらも、空間に配置されることで、影を作り、平面と立体との間の曖昧な存在となるといいます。
「大地の芸術祭2022」で注目を集めているのが津南エリアの苗場酒造を舞台としたインスタレーション作品です。苗場酒造は明治期から続いている地酒の酒蔵で、早崎は日本酒を作る過程で欠かせない麹を顕微鏡を通して見える形をイメージして表現しています。麹の木が森のように広がっています。また、壁にはあたかも影絵が投影されているようだがこれも綿密に計算されたプロジェクションマッピング。切り絵と影は、地と図の曖昧な境界の間を揺れ動き、見る者に「二元性」の合間をみせてくれるようです。
早崎真奈美《Leave a Sigh、For the Invisible Grove》2021 cut-card /紙 1340x982x52mm
この作品は苗場酒造の展示「Invisible Grove-不可視の杜~」で、影だけが展示されています。プロジェクターで映し出されている影と、制作の過程では本来捨てられるはずの下絵の紙、白いレースのような紙のオブジェです。
苗場酒造での展示構成は「実体と影」を一つのキーワードにしています。あえて実体を展示しないという、わかりにくい仕掛けではありますが、清津倉庫美術館で本体を展示していて、ちょっとした種明かしになったかもしれません。ぜひ苗場酒造の展示にもお越しいただき、併せて楽しんでいただければ幸いです。
早崎真奈美《One -始まりの-》2021 cut-card /紙 930x610x60mm
作家が「稲の花をモチーフに制作しています。Invisible Groveの展示内容を模索している中で制作しました。苗場酒造で酒造りの話を聞けば聞くほど、その始まりの不思議を思います。始まりの一滴は、始まりの一粒は、どこで誰が、どのように?酒造りは自然の力の不思議と、人間の歴史のミステリーが詰まっているように思います。」と言っている通り、コレクション展出品の作品はサイトスペシフィックな芸術祭作品と繋がっています。切り絵としてのレイヤーの奥に見え隠れする、曖昧なものたちの境界を探ってみてください。
大地のコレクション展の主軸になる大型作品は、今回BankART妻有からの特別出品です。3月に急逝された池田修・BankART1929元代表が生前、本展のためにセレクションしたBankARTゆかりの作家作品になります。
柳幸典 土玉は作家活動の原点
柳幸典 《グラウンド・トランスポジション》 1987/2016年 直径 2000mm 土、FRP
直径2メートルの球体は柳幸典の作品。1987年に栃木県立美術館で開催された《アートドキュメント’87》に出品されたものを2016年のBankARTでの個展の際に再制作した作品です。この作品について、作家からコメントをいただきました。
「この土玉のプロジェクトは私の作家活動の原点であると同時にライフワーク的仕事と言える。近年では、沖縄の辺野古の土と、ロサンゼルスの日系人強制収容所のあったマンザナールの砂漠の砂で作った二つの球体をロサンゼルスのギャラリーで展示した。現在は韓国の離島に設計している湖に浮かぶ美術館(2023年完成予定)に、現地の海の塩と干潟の泥で球体を作る計画が進行中である。
2016年のバンカートの個展で作った本作品は、3・11東北大震災の原子力発電所事故のために除染された土で作りたいと提案した。実現は叶わなかったが、被災地をリサーチした際に持ち帰った一握りの土が込められている。」
柳は昆虫のフンコロガシが糞を転がす様子を見て、人間が同じような尺度でつくったサイズを想定し、土や発掘物、モルタルなどを素材に球体をいくつも制作しました。
中にはヘリウムを注入して、展示会場の空中を浮遊している作品もあったそうですが、これはアント・ファーム・シリーズに代表される、移動・越境・境界といった作家のメインテーマに通じるといえるでしょう。
岡﨑乾二郎 連続する、三つの独立した形
岡﨑乾二郎《間違えもせず、手探りもしないで、まっすぐ食卓の上に手を伸ばす。それから、また壁に手を触れないで、三度跳んだら部屋の外だったが、扉を閉めるのを忘れていた。2》2014 FRP
作家の岡﨑さんからこの作品についてのコメントが寄せられています。
「彫刻の歴史にとって人体が特別なモチーフでありつづけたのは、その外(から見た)形によるのではなかった。
たとえば(人間を含めた)動物の体の運動を考えてみよう。たとえ個別の人体部位、筋肉だけが動いているように思っていても、小さな指の先だけを動かしても、実際は他のさまざまな筋肉が連動して動く、つまるところ体のすべての部位、筋肉はかならず連動している。その意味で身体はひとつの連続した運動装置である。
たとえば右手の小指と親指が食卓の端にあるサクランボを摘もうとするとき、実際は上腕、手首、肘、二の腕、肩、肩甲骨、さらには腹斜筋、腰骨それを支える下肢のすべてが連動して動く。そしてわたしたちの体はその連動をひとつの動きとして把握している。この把握は内触覚=内臓的感覚といってもいい。小指と親指だけがサクランボを摘んでいると理解しているのは目だけである。いや、サクランボを目が捉えたとき、すでにわたしたちの体は動き出し、その連動ははじまっている。視覚的に捉えられないといったが、わたしたちはそれを美しい運動曲線としてイメージする。そして実際に効率的に運動が行われるとき力学的必然をおびて、身体全体がその運動曲線に沿っているように現れもするのである。
この彫刻の元になったのはこんな発想だった。三つのそれぞれ独立した固有性(キャラクター)を持った形は互いに規定しあって連続した形態を作り出す。あるいはひとつの連続した大きな円弧(傾いたシリンダー)が三つの個性的形態を一つに連続させ=納めている。三つの形態は(親指、人差し指、中指のように)手の甲を丸くすぼめ、その内側にサクランボをきっと掴んでいる(のかも)。」
中原浩大 オリジナルの焼失と自己模倣
中原浩大は、80年代前半より同世代の学生を中心とする様々な自主企画によるグループ展に参加し、作品の発表活動を始めました。多様な素材を用いて様々にスタイルを変えながら、インスタレーション・立体・平面などの制作を続けています。その後、それまでの作品制作や作家活動への疑問を契機に、1990年の個展「Homage to the LEGO age」以降、自身のあり方を問い直そうとする意識から様々な試みを行っています。90年代後半の発表活動から距離を置いた時期を経て、2000年以降は「AAS 宇宙への芸術的アプローチ」などの共同研究やプロジェクトへの参加、ツバメの塒入りの観察記録、自己の幼少期の描画物を一覧する展示を企画するなど、幅広い活動を志向し展開している作家です。
《持ち物》(中央)オリジナル:1984、再制作:2014 石膏 2550x1000x3100mm
《プロジェクトNo.9で使用したスピーカーボックス》(左)オリジナル:1992、再制作:2014 木ほか 2030x900x1800mm
以下、作家からのコメントをいただきました。
「私は2010年8月に、当時友人達と共同でシェアしていた作業場兼倉庫の全焼火災を経験しました。焼け焦げてボロボロになりながらも何とか取り出せた僅かなもの以外、そこで保管していた全てのものを焼失するという出来事をきっかけに、その後私がとった行動には自己模倣ともいえる心理的な反応によるものがいくつもありました。自作への再アプローチもその一つです。今回展示する2点のうち《持ち物》のオリジナルは、1984年の個展で展示した後に自ら解体廃棄した作品です。また、《プロジェクトNo.9で使用したスピーカーボックス》のオリジナルは、2010年の火災で焼失しました。」
このほかにも多数の作家の作品を展示しております。
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大地のコレクション展出品作家